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1☆2020年3月~

[後編]イタリア製ブリキ玩具 VS 日本製ブリキ玩具との比較や如何に!

[中編]私の心を捉えた、鉄板の加工技術!

[前編]原点回帰ではありませんが‥鉄物偏愛物語!



[後編]イタリア製ブリキ玩具 VS 日本製ブリキ玩具との比較や如何に!

2020-03-30(月) [車]

 国が違えば製品も違います。当り前といえば当りまえ、なぜならそれぞれの国の人間が造る製品なので、考え方による加工法の違いや素材の質とともに、焼付け塗装のペンキの色合いや厚みなど、それぞれが総合的に組み合わさって独特の素材感をかもし出します。


【イタリア製】

メーカー車種や玩具製造ともにイタリア製!知る人ぞ知る名車「アルファロメオ」6C2500フレッチァ・ド・オーロ〔黄金の矢〕


【日本製】

一方はイギリスの「ロールス・ロイス」ながらメイドインジャパンのロールス・ロイス。
全体のイメージは無難ながらも味わい有り!残念ながら製造年代やメーカー名は不明です。



ブリキ車、イタリア製と日本製との比較《その1》
フロント部分-------------------

アルファロメオ:ボンネットとフェンダーの造型美。ボンネットの凹凸がボディの強度を高めます。一種のモノコック構造でしょう。 ※モノコック構造とは、卵の殻のように外殻に強度を持たせて内部構造物をなくす工法です。


ロールスロイスは一体化されたバンパーの絞りに注意!メッキされたパーツが波打ってます。絞り加工が難しいのでしょう。


ブリキ車、イタリア製と日本製との比較《その2》
リア部分-------------------

アルファロメオ:リアの造型は実車ゆずりのラインを誇る。鉄板の厚みがあり、かっちりとしたイメージに仕上がってます。



ロールス・ロイス:シックなイメージです。工程数の問題なのか、薄いブリキ板の厚みの違いなのか、ボディが波うってます。


ブリキ車、イタリア製と日本製との比較《その3》
シャーシ部分に見る、思想の違い------------------


アルファロメオ:後輪に設置されたフリクションモーターから動力を伝える、むき出しの歯車が面白い。これはきれいな路面での使用を想定しているのでしょうか?


ロールス・ロイス:前輪部分にフリクションモーターが置かれています。
このあたりは室内を再現する為なのか、フリクションモーターをエンジンルーム内に置いたFF車となっています。実用性に考慮したのでしょう。
※フリクション・モーターとは、コマのような“はずみ車”で回転して得た動力を、車軸に伝えてタイヤを回す方式。

【ロールス・ロイスのプロフィール】

 技術者であり平民出身のフレデリック・ヘンリー・ロイスと、販売を担当した上流階級出身のチャールズ・スチュアート・ロールズとが合同し現在にまでいたる名門企業です。 戦前ル・マン24時間などの優勝で有名な「ベントレー」は別会社でしたが、買収後にスポーティーカー部門を担っています。
ブリキ玩具のモデルとおぼしき「ファントムⅤ」ですが、ロールス・ロイス社ではエンジン音の静かさを特徴としています。“シルヴァーゴースト”という幽霊的な名前で一時代を築いた初代があり、その流れをくんでいるのでしょう。
 昭和時代のアメリカTV番組中で、刑事が使用した車がロールス・ロイス「ファントムⅤ」らしく、それをおもちゃ収集家として有名な“北原照久”さんが、某番組内で熱く語っていたのを拝見しました。





【アルファロメオのプロフィール】

 日本ではアルファロメオ車の位置付けは、マイナーな一部の好事家“マニア向けの車”といったところでしょう。
ところが世界に眼を向けると、事態は一変!
なんと戦前においてはあのヘンリー・フォードが、アルファロメオ車が通れば帽子を脱いで敬意を表した”名車中の名車! 超一流の名を欲しいままにした憧れの高性能車です。
ただし量産車メーカーではなく、現在のフェラーリ社のごとき超スーパーカー・メーカーでした。
 実はフェラーリはアルファロメオのGPマシンの総監督であり、戦後はアルファロメオの経営体制を引き継いでいるメーカーです。
 戦前のアルファロメオはレースカーやスポーツカーで名を馳せたばかりでなく、戦後から現在にいたるF1フォーミュラー第一回初代チャンピオンでした。
ブリキ玩具のモデルは“少数精鋭主義”をモットーとする最後のアルファロメオ6C2500『フレッチァ・ド・オーロ〔黄金の矢〕』であろうと思います。
6C2500とは2500CCの6気筒エンジンを意味しており、遠く名エンジニアであった「ヴィットリオ・ヤーノ」技師が手がけたエンジンまでさかのぼります。また使用されたシャーシも戦前からの流れをくむ独立懸架で、レーシング・コンストラクターであった最後のアルファロメオ作品でした。



[中編その2]私の心を捉えた、鉄板の加工技術!

2020-03-19(木) [車]

写真は日本製のバンダイです。今やゲーム用品を作っているバンダイですが、その昔はブリキ玩具を作っていたのですね。掲載した黒いポルシェは、20代の頃に下北沢の2階にあった雑貨屋さんで購入したもの!
これには面白い話があって、当時少しずつブリキ玩具の人気が高まりつつあった頃でしたが、たまたま立ち寄った店に置いてありました。

ポルシェは好きな車でしたので手にとってみると「1,200円」の値札が‥!。
これ絶対“12,000円の間違いだよね!!”と思いながらそれとなく店員に購入を告げると、なんと口がモゴモゴ状態に!。
そばにいた別の店員も眼を白黒させながら成り行きを見守る緊張状態となりました。
私といえば心中悟られないように、ポーカーフェイスで店員の答を待ちます。

長い沈黙と感じられましたが、その店員さんは今さら値段の修正を良しとしないのか“1,200円”のままで売ってくれました“心意気だよ、男だぜ!”。そして今だに数十年近くも私の手元にあります。

それでは私を虜にした私的技術偏愛について、解説いたしましょう。

プレス技術-------------------
自動車を構成するボデイなどで、薄い鉄板を金型に押し当てて加工し造型する工法です。
戦前から技術の高かったドイツやスイス工業界が得意としてました。
物騒ですがモーゼル機関砲の20ミリ弾頭もプレス製で、当時どこの国もマネできない代物だったらしい。

実際入手したイタリア製のブリキ自動車玩具など、絞り加工で出来やすいヒケが無く、
キレイなボディラインを誇っています。
当時の輸出商品であった日本製品などは、残念ながら絞り技術に今一つの感あり!
舶来礼参ではありませんが、ここいらへんも戦争に負けた一因かな?と思ったりして。

日本製のダンプトラックです。赤い焼付け塗装は残っていますが、メッキ部分はサビサビですね。

鉄の質-------------------
幼少期、近所の年長者(ガキ大将)と共に小遣い稼ぎで屑鉄拾いをしました。
何となく稼ごうという話になって、路上や近所の物置きなどを物色し皆でかき集め、近所のくず鉄屋さんに持込みました。
そんな鉄くずが工業製品の素材になるのですから、当時の鉄の質は知れたもの!
現在では洗濯機とおなじ防サビ鉄板で自動車を製造しますが、当時の自動車はとにかくサビやすく私も苦労しました。
戦前からドイツの潜水艦など、叩いた手すりの音が違うと質の高さに兵隊が驚いたとあります。
つまり冶金術の差ですが、この辺は今だに欧州の後じんを受けているハズです。

造型美-------------------
近代化を急いだ日本でしたが、特殊技術あつかいされた自動車運転のごとく、実物を扱う機会の少なかった戦前戦後の日本人には、エンジン音の異変で故障を知る能力が欠如したと記した本を見た事があります。
その本には日本人も音感教育を学び、「エンジン音の異変を知らなければならない」とありました。
そのような時代背景ながらも、当時の玩具職人の造型眼は驚くほど特長を捉え、みごとにデフォルメしてあります。

手加減無しの乱暴な遊びに無惨にも壊れていくブリキ玩具、日本製ってこの程度!と子供心に思ったのも事実。ところが大人になった眼でみると、合理的に造られ加工行程の省略化で経費節減に努めた事が判ります。
一昔前さえ自動車の耐久年数は10年をメドに造られており、ブリキ玩具が壊れやすいのも致し方ありません。ただしアメリカ製のブリキ玩具は、体格が違うせいか厚めの鉄板を使ってありました。
昭和30年代の日本製品は「安かろう、悪かろう」の代名詞で、かつての某国輸入製品のごとき扱いでした。



 トンカ製のコルベット、“アメ車”ですね。分厚い鉄板を使用しており、遊んだら壊れる日本製との違いがあります。
考え方の違いを感じます。

まとめ-------------------
現在の工業製品は部品を各国から調達し、携帯電話などでもパーツの組合せ技術が主流となっています。
昭和時代を過ごした者として、追い付き追い越せの時代背景では見えなかった、丁寧な職人魂を垣間見れて嬉しく思います。
古き良き時代の玩具ながら、工業遺産に触れられた事は私にとって「日本再発見」でした。

次回は写真入りで、私が感心した欧州製ブリキ玩具の魅力をお伝えします。


[前編]原点回帰ではありませんが‥、
鉄物偏愛物語!

2020-03-13(金) [電車]

 人が生きる上で避けて通れない問題の一つに、生老病死があります。
いきなり重たいテーマのようですが、人生を楽しく長生きする秘訣の一つに趣味を持つ事が大切!と、某TV局で放映していました。

占い鑑定にて、これからの人生を如何に生きて行くかを問いますと、
何ら無趣味の方々が多いのに驚きます。
私などは仕事よりも遊ぶほうが好きな性格のせいか、
仕事さえも好きな趣味の延長といった調子で、あれやこれやと手を出す始末です。

某TV局が唱える「長寿」の秘訣として、
   趣味が五つ以上ある事
が望ましいとしています。
もともと進学に際して「文系か、理系か」悩んだ私です。
一端の文学青年気取りで絵画芸術や心理学に熱中したりもしましたが、
手塚漫画のお茶の水博士に影響されたのか、からくり物の機械技師の道もすて難い。
そのような訳で工業系のカレッジを卒業後は、
何とグラフィック・デザイナーになっていました。


診察に行った医者からは
「生活必需品ではない仕事!」と小馬鹿にされた時は心底驚きましたが、
長らく趣味のごとき仕事で30年近く飯を食って来た訳です。

そうこうしている内に戦後20~年代のオキュパイト・ジャパン製品を目にした時、
その加工技術の素晴らしさに驚いてしまいました。
多少なりとも機械工学の知識があるせいか、ブリキ細工の玩具ながら意外にも高い技量に驚き、戦前の産業の技術的伝承を感じた次第です。


当時は資材が無く進駐軍の廃材である缶詰めで製作(実際裏を見るとサバ缶)した事もあったそうですが、年代物の実物は当時の職人の創意工夫や造型美にあふれ、無意識に心奪われてしまいます。
子供の頃は高級品で手に入らなかった品物を、親に買ってもらえたボンボンが羨ましい!

そのような訳で若い頃は趣味の王様、鉄道模型などにはトンとご縁がありませんでした。が、令和になったいま偶然にも、戦前から戦後の規格である“Oゲージ”鉄道模型を手に入れますと、意外にも加工技術の高さに生来の“多趣味タマシイ”が炸裂してしまいました!

幼少期の思い出も作用したのか、30年代の昭和を呼び覚ます造型にゾッコンです。
何がイイって、ブリキですよ!鉄ですよ。
意外なほど加工技術が高く、デフォルメされた造型がツボを心得て私の心を離さない!

そこで私を虜にした私的技術偏愛について、次回より解説いたします。
ご期待いただければ幸いです。

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